香川県の豊島の産業廃棄物の不法投棄はなぜ起こったのか? 「豊島のゴミ問題を語り継ぐ会」の石井さんの講演が24日。徳島県立福祉センターでありました。
豊島は東西7.5km、南北5.1 kmの小さな島。とても美しい瀬戸内海の島である。
豊島の不法投棄は香川県の行政怠慢によるところが大きい。もし、住民の意見を香川県がしっかり聴いて、法律を守ってしたならば、豊島の悲劇はおこらなかった。そして、何回も「不法投棄をやめさせる」チャンスはあった。にもかかわらず、香川県は「何もしなかった」ため、人類史上最悪といわれる不法投棄に発展してしまったのである。

もともとはこんな風景の場所であった。
①不法投棄場所は、もともとはガラスの材料にする砂を採掘していた場所。砂を採掘すること自体、瀬戸内海国立公園内なので不法行為だったのだが、見過ごされていた。砂を掘って洗うために、海を埋めたり、海に戻したりしていた。このこと自体も法律に違反している。無法地帯は無法者を呼ぶ。この砂業者Mさんは、中国自動車道の建設工事に手を出し、事業に失敗、裸同然で島に戻ってきた。そして、砂をとっていた跡地に、産業廃棄物の処理場を作りたいと県に申し出た。島の住民はMさんがまともな業者ではないと感じて、反対運動をはじめた。昭和51年1月のことだった。


(左)不法投棄前(右)不法投棄後
産業廃棄物業の開業には県知事の認可がいる。そこでMさんは香川県庁の廊下に泊り込み、知事に直訴し、当時の知事が折れて、許可を出してしまった。当時、ゴミの処理は公の仕事であり、それに住民が反対するのはおかしいという風潮もあり、「ゴミの処分場はどこかに必要。法を守るからには環境破壊や健康被害は起こるはずがない。反対するのは住民のエゴである。」とまでいわれた。
もともとの許可内容は「木くず・紙くず・生ゴミ・糞尿など無害4品目をミミズに食べさせて堆肥にして売ったり、釣り人にミミズそのものを売るというもの」この許可内容通りに事業が行われたなら、悲劇は起きるはずもなかった。県は8ヶ月かけて、県は住民に業者の監視を約束し住民を説得し、Mさんは産廃業を開業することになった。
②Mさんの開業に際し、当時の知事が「豊島の海と空は青いが(業者をいじめる)住民の心は灰色だ」とぽろりと言ってしまったので、住民は激怒し、香川県をやめてとなりの岡山県に編入したいとデモ行進を行った。岡山県知事も歓迎すると言ったりして、大いに盛り上がった。もし、このとき岡山県になっていたら、豊島の悲劇は回避されたかもしれない。現在の法律では市町村が県を訴えることができる。このとき地方自治のための法律整備が今のように進んでいたら、香川県は豊島町に訴えられていたかもしれない。そしたら、この不法投棄はおこらなかったかもしれない。
Mさんの無法ぶりは当時、日本一であった。香川県はなぜ法律違反を見逃したのか?
Mさんの敷地内には縄文時代の遺跡があったのだが、Mさんはそれを壊して海に捨ててしまった。豊島は西日本で最古の貝塚が発見されており、その貝塚からは汽水域を好むヤマトシジミがたくさん見つかっており、Mさんが壊した遺跡は瀬戸内海がまだ陸地だったころの様子を知る上で重要な遺跡であったかもしれない。また、Mさんの敷地内には電力会社の鉄塔が4基建っていたのだが、この鉄塔の根元まで掘ってワイヤーをかけて引き倒すぞと電力会社を強請って、自分の土地を高く電力会社に売りつけたりした。また有害物質を積んでいたため今治港に入港を拒否されて日本中の港を彷徨っていた船をわざわざ呼び寄せて、その有害物質を引き取って不法投棄した。ミミズのエサという名目にはなっていたが、ドラム缶にはドクロマークのついたものも多かった。
③この法律違反行為により、ここで、香川県はMさんの免許を取り上げることができたはずである。なのに香川県は何もしなかった。
④Mさんは昭和58年にシュレターダストを取り扱いたいと申請を出している。1トン300円で買い取るのだが、輸送費に1トンあたり2千円かかるということで1700円の差額を設けるという昭和53年の法改正で禁止されている行為で、あきらかに法律違反の行為なのだが、香川県は金属回収業の免許を取ればいいとMさんに助言し、Mさんが違法なシュレターダストの処分行うことを支援している。香川県もグルだったのである。

Mさんはシュレターダストを野積みし、その上に化学薬品のドラム缶を載せ、ショベルカーで穴をあけて、薬品に火をつけるというやり方で処分を始めた。以来、島からは毎日、黒煙が立ち上り、大量のダイオキシンを撒き散らすことになった。
(左)近くを航行する船舶が煙に視界をさえぎられて危険な目にあうということもしばしばあったという。なのに香川県は「やめさせなかった」(右)どくろマーク入りのドラム缶。化学薬品か?


(左)なにやら怪しげな色の液体が流れ出している。何が捨てられたのかのデータがあまりない感じ。(右)野焼きは違法ということで、県の指導のもとつくった焼却炉?フタが付いていないし、野焼きとの差はほとんどない。
⑤野焼きは法律上、やってはならない行為であったが、香川県は見て見ぬふりをし続けた。このような状態であったが、香川県が何度も立ち入り検査をしているのだが、検査の仕方が非科学的な香川県独自の調査だったので、調査結果はいつも環境基準値内ということで、ずっと見過ごされてきた。
①~⑤と香川県には、この不法投棄とダイオキシンを撒き散らす野焼きをやめさせるチャンスが何回もあった。県がきちんと法律を守っていたら、法に基づいて行政を執行していたら・・・被害はもっと少なくてすんだはずである。
住民はMさんを訴えて、裁判に勝訴した。Mさんは罰金50万円と懲役10ヶ月の刑を受けた。しかし、ただそれだけで、島にゴミの山は残ってしまった。そこで県が許可して管理しなかった責任を追及し、県に撤去させることにしたが、1300トンを処分しただけで、50万トンが島に放置された状態で、県は安全宣言を出してしまった。
知事が代わって、この不法投棄されたゴミを撤去するように求めたのだが、新しい知事は島の住民代表をホテルの1室に集め「県の職員が何か悪いことをしたからといって、なんで県がその責任をとらないかんのんな」と言ってしまったので、住民はまたしても激怒した。さらに知事は「住民が困っているので救済した」という態度をとったことも、住民をさらに激怒させた。住民は県がまちがったことをしたのだから、県がきちんと償うべきだと、県を裁判に訴えた。
裁判をするためには証拠がいる。ゴミがほんとうにゴミなのかという証拠がいる。そこで、いきなり裁判ではなく、調停をもちかけ、ゴミがいったいどんなゴミなのか調べることにした。裁判所は調査費はせいぜい800万円くらいだと踏んでいたが、実際は2億3600万円かかることがわかり、国はそんな金は出せないと駄々をこねた。
どうしたら大蔵省は金を払うのか?率直に聴いてみたところ、全国番のニュースになれば、出すだろうということになり、島の住民は東京銀座でパレードを行い。その記事を新聞各社に書かせ、その新聞を大蔵省に持っていった。平均年齢が60歳を超えているという老人のパレード。それもみんな自己負担で夜行バスでやってきた。住民がまとまって動いた、原動力は、県に対する怒りであったという。
Mさんは兵庫県で産業廃棄物の不法投棄で逮捕された。兵庫県の科捜研が調べたところ、史上最悪の不法投棄であることが判明。Mさんには23以上の法律違反があり、罪に問われた。香川県が何回も何回も調べても、出なかった環境基準値違反が、兵庫県の県警の科捜研の調査でようやく明らかになった。


(左)豊島から廃棄物を運び出すために梱包する梱包工場。(右)廃棄物が撤去され、岩盤がむきだしになっている不法投棄現場。
調査の結果ゴミの7割が管理型で処分しなければならない産業廃棄物であることが明らかになった。国は豊島に限って、このゴミを処分するのにお金を出すことを決め、210億円の溶融炉をとなりの直島につくり、28億円の運営費をかけて、10年かけて処分することにした。直島の溶融炉ではすでに2回の爆発事故がおこっており、処理費用の総額は500億を超える。これは莫大なお金が動く公共事業であり、豊島のゴミの梱包工場の建物のデザイン料はかるく1千万円。直接処理に関係ない、けっこう無駄なお金が動いている。国は特定の企業が儲かるとわかったときは動くのが早い。
環境保護団体グリンピースがやってきて、地球上で7番目にダイオキシンで汚染されている土地だと認定したりして、豊島には120haの水田と130haの畑があり、周辺の海はとても豊かなのだが、野菜も米も魚も何も売れない。

島民は香川県内で100ヶ所で集会を開き、豊島の問題は香川県全体の問題なのだということを訴えて回った。10個の班をつくり、ひとつの班が10回の集会を行うというようなやり方で、場所が決まれば、その周辺にポスティングして電話をかける。地道な努力を重ねた。
そして、県と和解するための調停式が豊島で行われた。25年間もどなりあってきたのだから、仲直りは難しい。島のおばあちゃんは「いろんな人が島を訪れて、ケンカの仕方を教えてくださったが、だれも仲直りの仕方はおしえてくれなんだ。ケンカの後の共同作業は難しいねぇ」と言う。島は高齢化していて、「わしはもう長くないけん、若い者のために知事を刺してきたってもええんよ」というおじいさんがたくさんいる。しかし調停式は700人の島民を前に豊島で行われた。きっと島民は知事に石を投げるに違いないから、知事は島に行くべきでないといわれたが、知事は島へ行った。調停式の会場は静まりかえり、誰一人、何も言わなかった。式の途中、知事は文章を読み上げることができなくなり、号泣し、はじめて島民にわびたという。
島には自治会が3つあり、活動資金1億6千万円は、自治会の貯金から出した。島のわずかなたくわえをすべて投げ出して、島はかろうじて死を免れたが、現状は島民すべてが、島から移住しなくてはならないほどの大惨事であり、死の灰を、恵みの雨がすべて洗い流すのには、後、何十年もかかるだろう。若い人に「島に帰って来い」とはいいにくいことが、この不法投棄事件の最大の悲劇かもしれない・・・
豊島から学ぶ教訓は多い。国は産廃の撤去や無害化処理は豊島が最初で最後ということに腹を決めている。お金がかかりすぎるからだ。豊島を超える産廃不法投棄事件は日本の各地にごろごろしている。しかし、豊島以後、それらは「隠蔽するべし」というのが国の方針になってしまっている。豊島の問題において香川県の責任は重い。国が処理費用を肩代わりしてやる必要などないのではないか。豊島のことは、すべて香川県に償わせたらいいと思うのだが・・・行政はやはり、住民がしっかり監視しておかないと、結局、住民が痛い目にあうということだろう。
現在、日本はいろんな問題が先送りにされている。たぶんBSE(狂牛病)の問題や遺伝子組み換え作物の問題も、今は水面下にあり、危険性が見えなくなっているが、少し考えてみれば危険なことは明らか、しかし、すぐに誰かが死ぬというような問題でないので、なんだかんだ理由をつけて、未来に先送りにしている。しかし、危険は蓄積し、やがて水面上に顔を出す。30年後、50年後に、取り返しのつかない問題となって現実として私たちの前によこたわるのだろう。負の遺産を未来に残さないことを、今こそ真剣考えねばならないだろう。豊島はたった500億円で済んだが、BSE(狂牛病)の問題や遺伝子組み換え作物の問題は、いったい何億円かけて償われるのだろう。お金で解決できるなら、まだいいが、とりかえしのつかないことになりはしないか・・・今の内に対策を打てば、被害は少なくて済むのではないか?ウソで塗り固めないで、間違いを認めやり直すチャンスはいっぱいあった。しかし、そのチャンスをウソで消し去ってしまった。
問題が人間のスケールを超えてしまうところに、化学の時代の問題の手に負えない怖さを感じる。
●豊島から学ぶ教訓としては・・・
①法律をきちんと守る。業者に法律を守らせ、守れない業者には操業させない。あたりまえのことだが、これが一番大事。
②行政が「間違った」とき。その間違いに、行政がきずいたとき、住民が訴えたとき、行政がその「間違い」を素直に認め、すぐにやり直せるしくみづくり。利害が対立する住民と行政がしっかり話し合えるように、中立な立場の専門家などを交えて話し合いながら、これはつくるしかない。
③科学的な調査をすること。科学的な事実をマスコミが報道すること。豊島の場合、香川県の現場の職員に科学的な調査をする能力がなかったため、今、どういう事態なのかを把握できなかった。科学的な調査は複数の第三者機関に委託したらいい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・青空とんぼ